なんじょうデジタルアーカイブ Nanjo Digital Archives

県身体障害者福祉協会「心の輪を広げる体験作文」 最優秀賞

「農村の雨」
字津波古 嶺井雄八
農村では、2月、3月の砂糖キビの刈り入れ時期には、歩道上に砂糖キビの束が山のように積まれている光景がよく見られます。砂糖キビの山は、歩道の幅を狭くし、私たち障害者の歩行を大きく妨げていることがよくあります。ある日、私は、町役場で用事を終えて帰宅の途中、急に大雨が降ったので、近くの家で雨宿りをし、約30分後に雨が小降りになったので再び家に向かいました。
ところで、約200メートル歩くと、歩道上に車が2台乗り上げて止められ、歩道は、人一人歩くのがやっとの状態です。私は、乗り上げた車の側面をゆっくり歩いていると、突然、自分の足が何か固いものにぶつかりました。すかさず足下を見ると、停車中の車の後方から電動車椅子の前輪が飛び出ており、その前車輪に足がぶつかったのです。そして、電動車椅子には雨でずぶ濡れになった知り合いのK君が乗っているではありませんか。 私はびっくりしてK君に「どうしたんですか?」と尋ねると、K君は困り果てた声で「車椅子の電池が雨で漏電して、動かなくなったんですよ!その上、歩道と車道や歩道と畑には大きな段差があるので自分一人の力ではどうにもなりません!」と答えたのです。私は、早速、畑で働いている人たちに「車!車!」と大声で叫びました。
すると、畑で砂糖キビの刈り取り作業をしている人たちは、びっくりした声でどうしたんですか?と叫び、息を切らして、3人の若者が駆けつけてきました。私はその若者たちに「この車が邪魔でK君の車椅子が通れなくて困っているので、車を移動してもらえませんか?」と尋ねると、そのうち一人が、K君に向かって「車道は広い道だよ!車道に降りて歩きなさい!」と乱暴な言葉で言うではありませんか。K君は、一瞬唖然となりました。
言語障害をもつK君は、手に力を込めて車椅子を叩きながら「車道と歩道の段差があって、自分の力では、どうすることもできないので、車を移動してほしい」と何度も頭をさげ、身振り手振りで訴えるのでした。すると、若者たちは、気まずそうに自分たちの車を移動しました。
K君は、若者達に何度もお辞儀をしてお礼していました。私はその姿を見て、自分の心が温まるのを覚えました。やっと、電動車椅子の移動ができるようになったので、私は、K君に「それでは、家には一人で帰れますか?」と聞くと、K君は「電池が漏電したので、車椅子は動きません。ですから私を家まで連れていって下さいませんか?」と頼むのでした。私は、すっかりK君の電動車椅子が、先程の大雨で漏電し、動かなくなったことを忘れていました。私は、小雨のなか、作動しなくなったK君の電動車椅子を後押して、K君の家に向かいました。30メートルほどあるいたところで、ふと後ろを振り返ると、先程、車を移動した農作業の若者たちが、私たちに手を振って見送っているではありませんか。私はその手を振る姿に心を打たれ、その後は、足取りも軽く、K君を無事に自宅に送ることができました。
その後、私も家に帰ろうかと、ふと時計を見ると五時半を過ぎており、辺りもしっかり薄暗くなっており、私は、この状態では、「白い杖」がないと一人では歩けませんが、今、その「白い杖」を持っていないことに気がつきました。私は、帰り道である今来た道の方角が分からないまま、しばらくK君の家の前で途方に暮れていました。とその時、車の明かりが次第に私の方へ近づいてきたかと思うと、車は私の前に止まり、運転席から、聞き覚えのある声で「何処に行かれるのですか?」と声がかかってきました。私は、とっさにその声が、一時間程前に歩道上の車を移動した農作業の若者であることがわかり、私は安堵の気持ちで、「家に帰りたいのですが、闇のため方角が分からず、また、「白い杖」を持っていないので困っているところです。」と答えると、その若者は「さあ、わたしの車に乗りなさい。家まで送りましょう。」といって私を車に乗せてくれました。私は、その若者のお陰で無事に家に着くことができました。私は、その若者に対する感謝の気持ちで心がいっぱいになりました。その夜、私はいつものとおり寝床に入りましたが、頭の中では、昼間の様々な出来事がかけ巡り、なかなか寝つかれません。今日ほど、障害をもつ不安と惨めさを身をもって感じたことはありません。そして、初めは、私たちに悪い思いをさせた健常者の若者たちが、その後、私たち障害者を理解し、親切に私たちに接してくれた。その心の温かさと素直さが何とすばらしいことであるかを初めて感じました。今日は、雨に見舞われた一日でしたが、思いもよらない人の心の底にふれ合う実感を体験した貴重な一日であり、すばらしい思い出を作った日となりました。
私たち障害者の生活を取り巻く環境は、健常者に比べると多くの不安や問題に満ちています。これらの問題や不安の大半は、私たち人間がつくったものであります。 従って、これらの問題や不安は、私たち人間の手で取り除くことができるものであり、又、そうしなければならないものと考えます。そのためには、私たち障害者は、もっと積極的に地域社会に出て、いろいろな社会現象を体験すべきだと思います。そして、共に住みよい地域社会をつくるためには、障害者自身が率先して行動し、地域社会の理解のもとに共通の目的に向かって共に行動することが最も大事なことであることを訴え、私の体験の一端とします。

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大分類 テキスト
資料コード 008449
内容コード G000000686-0016
資料群 旧佐敷町(佐敷村)広報
資料グループ 広報さしき 第230号(1996年9月)
ページ 8
年代区分 1990年代
キーワード 広報
場所 佐敷
発行年月日 1996/09/10
公開日 2023/12/13