第一尚氏父祖の眠る佐敷ようどれは、字佐敷の南台上、仲上原(現在、自衛隊基地内)にあります。
墓は石造りで、間口約3メートル、奥行約2.5メートル、軒の高さ約2メートルの規模です。半円形の屋根形石の造りで、独特の形状を示しています。2、3枚の石をうまく組合せて造られた屋根といい、この形式の墓陵はほかに見られません。
墓はもともと字佐敷南上の崖下に乾隆29年(1764年)まであったものを、現在地に移したものです。ようどれには、尚思紹王、同王妃、尚思紹王御舅姑美里子御夫婦、尚思紹王次男美里の大比屋御夫婦、尚思紹王御娘佐敷大ノロクモイ、さらに、佐銘川大主も合祀されています。
琉球三山統一の覇者・尚巴志の父祖の眠る聖地として、佐敷ようどれはあがめられています。佐敷町、中城湾を見おろすように建てられている墓は、第一尚氏の霊域にふさわしい姿をみせています。