先日、とあることから学童集団疎開体験を思い出した。全国町村会議に出席し、その会の終了後、宮崎県の高千穂町の甲斐町長から町制施行70周年記念式典へのおさそいを受けたのである。
高千穂町とはこれまで当時の疎開児童がお礼の訪問をしたりの市民レベルでの交流がある。
私も集団疎開をした佐敷国民学校の一員であり、甲斐高千穂町長のおさそいの言葉を感慨深くうかがった。
あの多くの児童生徒の尊い犠牲を出した津島丸の悲劇の直後、1944年4月、私たちは父母と別れ、故郷を離れたのである。
那覇港から鹿児島へ、そして、高千穂町へ。船、汽車、バスを乗り継いでのかつて体験したことの長い旅であった。
四囲山に囲まれた神話の里・高干穂町でのさまざまなことがらが、甲斐町長と語り合っていてよみがえって来た。国策とはいえ、私たちの面倒をみてくれた高千穂町の皆さんの温かさ、人情深さを、あらためて思い出した。
高千穂町と佐敷町、どちらも自然豊かなまちである。学児集団疎開がとりもつ縁にはじまるが、市民レベルの交流だけでなく、あらゆる分野でのおつき合いを今後発展させていくことが必要であろう。自然を生かしたまちづくりや、歴史や伝統をたやすことなく続けるまちづくりなど、本町が学ぶ点が多々あるのではなかろうか。往時の高千穂町の自然を思い出しつつ、今後の交流を考えた。 (町長)
| ダウンロード | https://docs.google.com/uc?export=download&id=179NfhQnIGAhgQ8wU0wGbm4ixTU1ZXkvT |
|---|---|
| 大分類 | テキスト |
| 資料コード | 008442 |
| 内容コード | G000000587-0003 |
| 資料群 | 旧佐敷町(佐敷村)広報 |
| 資料グループ | 広報さしき第152号(1990年3月) |
| ページ | 3 |
| 年代区分 | 1990年代 |
| キーワード | 広報 |
| 場所 | 佐敷 |
| 発行年月日 | 1990/03/10 |
| 公開日 | 2023/11/27 |