貯金はもとより買物、電話……全てカード一枚でたりる時代がもうじきやってくるとのことである。便利な社会になると大歓迎したいところだが、はたしてその通りであろうか。
喜劇王チャップリンは、「モダンタイムス」で描いていた。便利、便利と使っていた機械にしまいには人間が使われるはめにおちいってしまうという皮肉を。人間が機械を動かすのではなく、機械に人間が動きを合わさなければならない。つまり、人間が無機的にされていくのである。あたかも機械のように。
カードの時代は、はたしてそのような危惧は生まれてこないであろうか。後のことも考えず使うだけ使い、抜き差しならない破目に……ということはないだろうか。はたまた、紛失したり盗用されたりした場合はどうなるのだろうか。
素人が考える危惧であるから専門家はすでにその辺の対策はしているとは思われる。
しかしながら、買物をするにも、売り手と買い手の交渉がどんどんなくなっていきそうな気がしてならないのである。値段の交渉やら品物の良し悪しの選別などは、オールカード時代になったらどのようになっていくのだろうか。
世の中便利になり、合理化されるほどに、なにか人間的なふれあいが少なくなっていっているように感じられる。沖縄の伝統的なつき合い、相互扶助、見直したい時である。(収入役)