なんじょうデジタルアーカイブ Nanjo Digital Archives

俳句つれづれ草 新年の飾りもの

「ときわなる松ぬ変ることねさみ いちん春くりば色どまさる」
琉歌の祝節にもあるように、昔は各家庭で門松を立てた。門松は神の来臨する依り代とされ、家中に生気をみなぎらせるという1種の樹木信仰の表われである。
『球陽』によると、神を迎えるための神棚を恵方(その年のエトに基づいた良い方角)に向けるのは、中国の陰陽道から来ていて、歴代の琉球王朝も北京の朝廷に向かって、拝賀をすることもあったようだ。

門松に雀こぼるる古屋敷
「あらたまぬ年に炭と昆布(くぶ)かざて 心から姿若くなゆさ」・・・ある書物によると、玄関に注蓮縄(しめなわ)を張るのは、紙の占有とする聖域であることを示し、しめ縄には炭と巻いた昆布とミカン、歯朶(しだ)や清浄袚いを意味する白の紙垂(しで)を飾る。また、床の間や火之神、仏壇に蓬莱飾りを三宝(さんぽう)にのせて供える所もある。
そこで、これらの縁起物だが、クネンボは黄金が入るようにと、ダイダイは代々栄えるに通じ、昆布は喜ぶに当て、歯朶は長寿を、炭は末永く朽ちずを意味している。また、白米はクェーブーを願い、米を囲む甲立ては二十八光の正座を象徴し、塩は清浄を、田芋は子孫繁晶の願いがこめられている。

注蓮飾り静かに昏(く)くる農具小屋
明治時代までは、人参や大根などの初物も供えていたようだ。供え物は黄赤白の飾紙を重ねた上にのせるが、その色紙は、黄が黄金を、赤は霊力(せじ)を、白は清浄を表わすという。
仏壇や火之神、床の間にはフチマの小枝を活けるが、若松や竹を活ける所もあり、いずれも長寿や繁栄、喜びを表わすものといわれている。しかし、近年では門松をはじめ、これらの飾物や供物の風習がすたれつつあって、何となく心淋しい。これも時代の流れか。 (山城青尚)

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大分類 テキスト
資料コード 008437
内容コード G000000505-0023
資料群 旧佐敷町(佐敷村)広報
資料グループ 広報さしき 第88号(1985年1月)
ページ 12
年代区分 1980年代
キーワード 広報
場所 佐敷
発行年月日 1985/01/10
公開日 2023/11/09