新年早々から、またもや憎まれグチ。他意、悪意はありませんのでご免下ださい。
旧年にひき続き、町内の珍名奇名考(敬称略)。字手登根には、照喜名名那(薬局タンメー)という方がいた。戦前、在郷軍人の簡閲点呼会場で、司令部の点呼官が「照喜、ナ、ナ、ナ」と名前を呼びあげたからたまらない。みんながドッと大声で笑ったら途端に点呼官がカンカンに怒った。 「いやしくも帝国軍人の厳粛な点呼会場で笑う馬鹿モンがあるか」と。緊張が欠けていると烈火の如く怒り笑った者全員、銃の安全装置を入れるようにして鼻っ柱をもみ込まれ、散々油をしぼられたとか。
現町議会議長玉城源喜が風邪でダウン。快復し、歩いていたら出会った老婆に「先ごろ不元気だったそうだねゲンキ」と。また、安里安心宅へ手登根の山崩れ・地すべりの災害見舞いに来た老翁は、「たいへん心配したネ安心」と。
まるで禅問答。
仲村渠武太は仲村武雄の祖父。
宮城武太は宮城義雄の父。呉屋武太は呉屋新太郎の父。字手登根の「ブタ」三人衆。
字伊原では、新垣馬太郎(新垣小ポーナー父)。人名に牛太郎、牛吉、牛助などの名は沖縄ではワンサとあるが、馬の字のつく名前は、私、寡聞にして聞いたことがない。
他府県には、竜馬、生馬などの名前はみかけはするが、それにしても頭文字に馬の字のつくのはそう多くはあるまい。
牛の字のつく名前では、照喜名名牛。いま、人気のある沖縄闘牛大会の横綱牛のような名前。(平良亀順)