昭和57年度に開校される新設小学校の校名は「馬天小学校」に決まりました。
教育委員会では、これに先だち町民から校名を募集していましたが、応募された校名は37点でした。11月12日には、校名審査委員会が開かれ、その中から3点が侯補名として選定され、11月19日の教育委員会で「馬天小学校」に決定しました。
馬天小学校は、12月の町議会定例会に学校設置条例が提案されこれが可決されると、昭和57年4月1日には校長職員等も配置され、児童も分離し正式にスタートすることになっています。
校舎等の建設については、11月20日に入札を終え、27日には臨時町議会の可決を得ました。そして、11月で造成を完了12月からは、校舎の建設工事にとりかかり、昭和57年7月には完成することになっています。
工事は、次の企業が行います。
校舎建設
合資会社 仲本工業と株式会社 屋比久建設の建設工事共同企業体
体育館建設
株式会社 旭東建設
電気設備工事
マエダ電気工事株式会社
機械設備工事
株式会社三松設備
運動場及び壅壁
丸高建設