村の人口は、大正9年から昭和20年の沖縄戦直前までは6,500人前後であったが、昭和20年の沖縄戦において、多数の村民が犠牲となり死亡したため、終戦直後の人ロは著しく減少した。
昭和21年22年と海外及び他府県からの引揚者で、人口は急激に増大していき、昭和25年には8,295人となっている。
戦後の人口は、昭和25年の8,295人をピークとして、以後小さな上下をくり返えしつつ全体としては、漸減し昭和45年の国調人口では7,788人に減少している。昭和50年の国調人口では8,494人、前回の昭和45年と比べて706人(9.1%)の増となり、戦前戦後を通じ最大の人口となっている。
また、昭和50年11月末の住民基本台帳人口(登録人口)は、8,627人となっている。
このように、村の人口が増大した理由として拳げられるのが
1、字新開に住家を建設し、移り住む人が増えたこと、
2、他村へ出ていた村民で帰村する人が増えたこと、
3、自衛隊が駐屯していること等が拳げられる。
国勢調査人口
大正9年 6,629人
昭和15年 6,250人
昭和25年 8,295人
昭和35年 7,913人
昭和45年 7,788人
昭和50年 8,494人
| ダウンロード | https://docs.google.com/uc?export=download&id=1LLmn4ScdI-6SAUs7_F1esMQuYIh3f4JS |
|---|---|
| 大分類 | テキスト |
| 資料コード | 008435 |
| 内容コード | G000000456-0012 |
| 資料群 | 旧佐敷町(佐敷村)広報 |
| 資料グループ | 広報さしき第39号(1975年12月) |
| ページ | 3 |
| 年代区分 | 1970年代 |
| キーワード | 広報 |
| 場所 | 佐敷 |
| 発行年月日 | 1975/12/05 |
| 公開日 | 2023/10/18 |